Kyoto University 21st Century COE Program Genome Science 21世紀COEプログラム「ゲノム科学の知的情報基盤・研究拠点形成」
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「メタボローム化学分析法の開発とその応用」

京都大学大学院農学研究科
応用生命科学専攻生物機能制御化学分野
西岡 孝明

 生命は情報と物質の2つに基礎をおいているが、代謝はこの2つが交差・相互作用する特異的な位置を占めている。 すなわち、遺伝子の転写から始まり翻訳を経て形質発現にいたるゲノム情報の流れにおいて、代謝は情報を物質に変換する役割をしている。 細胞内にある代謝物質の網羅的かつハイスループットな化学分析であるメタボローム解析への期待もここにおかれている。
 本セミナーでは、キャピラリー電気泳動(CE)と質量分析(MS)を組み合わせたCE/MS法の開発とそれを利用したメタボローム解析の 実例を紹介し、将来の応用について展望する。
 ポストゲノムサイエンスにおけるこのような重要性にもかかわらず、これまでメタボローム解析は実現していなかった。その主な理由は、代謝物質のほとんどが水溶液中でイオンに解離する物質であり、通常の化学分析法であるGC/MSやLC/MSが最も 不得手としている物質であるからである。CEはイオン性物質の分離に最適であることは知られていたが、検出にMSを用いた CE/MS法はほとんど実用にならないものであった。装置のハード面における問題点を解決するとともに、泳動条件や代謝物質の 抽出法などソフト面における問題点も解決することによって、CE/MSを用いたメタボローム解析に成功した。すなわち、光学異性体を 除く異性体も分離した、主要代謝物質の網羅的な同定・定量が実現した。
 枯草菌を培養して対数増殖期および胞子形成初期にそれぞれ集菌し、メタボローム解析をおこなった(Soga et al., 2003)。解糖系、ペントースリン酸回路、TCA回路にある主要代謝物質、GTPやアミノ酸でも顕著な濃度の違いが見られた。これらのうちのいくつかに ついては、これまでに個別化学分析がおこなわれているが、それらの知見とよく一致している。この2つの時期において、 細胞の形状にはほとんど違いが見られないが、代謝物質のプロファイルには明らかな違いが見られる。すなわち、発現形質の変化は 細胞の観察しうる形態変化として現れることは少ないが、メタボロームプロファイルは容易に感度良く変化するし、この変化を定量的に 表現することもできる。
 とりわけ、異なる遺伝型の生物や環境下に置かれた生物についてメタボロームプロファイルを比較して、遺伝的あるいは環境的要因を 特徴づける代謝物質(biomarker)を見つけるメタボロームプロファイリングは、ゲノム機能学をはじめ代謝工学、医療、創薬への応用が 期待されている。さらに、代謝シミュレーションをはじめとするシステムバイオロジーの研究にとって、メタボローム測定データは 必須になっている。

参考文献
1. Soga, T., Ohashi, Y., Ueno, Y., Naraoka, H., Tomita, M. & Nishioka, T. Quantitative metabolome analysis using capillary electrophoresis mass spectrometry. J. Proteome Res., 2, 488-494 (2003).
2. 冨田 勝,西岡 孝明(共編),「メタボローム研究の最前線」,シュプリンガー・フェアラーク東京,pp.222, 東京,2003.