「Mechanism-based Drug Designをめざした構造生物学の展開」
(Structural Biology toward the Mechanism-based Drug Design)

京都大学大学院薬学研究科
創薬科学専攻
構造生物薬学分野
加藤 博章

 我々は、生物機能を担う重要なタンパク質を分子装置として捉え、機能の仕組みをその動作機構に基づいて明らかにすることを目的として、X線結晶構造解析を用いた構造生物学研究を展開してきた。生物分子装置の特徴は動くことにある。例えば、酵素反応の示す驚異的な反応加速性や基質特異性の秘密は作用に伴う構造変化にある。したがって、その本質的な理解には作用メカニズムに伴う立体構造の変化を捉えることが不可欠である。また、情報伝達などを実現するには、多様なタンパク質と化合物が離合集散を繰り返す。その際、タンパク質は相互作用する相手に応じて立体構造を変化させることも少なくない。また、最近では、Intrinsically Unstructured Proteinと呼ばれる本質的に確固とした立体構造を取っていないタンパク質の存在も知られるようになってきている。
 我々は、ダイナミックな挙動が重要な役割を果たしていると考えられる未解明の生物現象を構造生物学的に研究するとともに、現在、結晶化が困難なため構造生物学アプローチが遅れている膜タンパク質、特に、ヒトなど真核生物由来の膜タンパク質を研究するための方法論の開発を行ってきた。本報告では、そのうち、1) シアノバクテリアの時計タンパク質KaiAの立体構造に基づいた機能解明と、2) ホタルの発光色制御の仕組みの解明について取り上げる。

1)シアノバクテリアの時計タンパク質KaiAの機能の構造基盤
 生物時計はほとんどの生物に存在し、生命活動を24時間周期で制御している。約35億年前に地球上に最初に現れた光合成生物であるシアノバクテリアにおいては時計遺伝子クラスターkaiABC が生物時計本体の遺伝子であり、時計タンパク質KaiAはkaiBC オペロンの発現を促進し、時計タンパク質KaiCはその発現を抑制することが知られていた。しかしながら時計タンパク質がどのような分子機構で時計を発振させ、周期を24時間に調節しているのか、未だ明らかにはなっていなかった。我々は、KaiAタンパク質のC末端ドメインが時計の発振を司る“時計発振ドメイン”であることを解明するとともに、X線結晶解析を用いてその三次元構造を1.8Å分解能で決定した。その全体構造は二量体を形成し、凹レンズ状をしていた。さらに、in vitro での生化学的な実験により、時計発振ドメインはKaiAの2量体化、KaiCとの結合およびKaiCリン酸化の促進に必須であること、二量体構造中央の凹面最深部に存在するHis270がKaiCとの結合およびKaiCのリン酸化促進に重要であり、時計発振を行うために必須の残基であることを初めて突き止めた。一方、KaiAには、生物時計の周期や振幅に影響を与える多数の変異が報告されている。そこで、今回決定した立体構造に基づいてこれらの変異の位置と影響を解析した結果、構造保持に大きな影響を与えると思われる変異は、リズムにも大きな影響を与えて周期の消失やリズム振幅の低下などを引き起こし、構造にあまり影響を与えない変異は、時計の発振自体にはほとんど影響を与えず、わずかに周期が延長されるのみであることが判明した。

2)ホタルの発光色制御の仕組みの解明
 ホタルの発光現象は、その仕組みに科学的な興味が持たれているだけでなく、細胞生物学、分子生物学の研究や、癌の転移経路の追跡のマーカーとして分子イメージングでの利用研究が進んでいるなど、実用的な価値も認められている。その発光はルシフェラーゼによる酵素反応によって引き起こされている。すなわち、ATPに依存して基質のルシフェリンが分子状酸素によって酸化されてオキシルシフェリンに変換され、この生成物が励起状態から基底状態へと移項する際のエネルギーが光として放出されるものと考えられている。また、通常の野生型ゲンジボタル・ルシフェラーゼは黄緑色の発光を行うが、286番目のSerをAsnに置換したS286N変異型ルシフェラーゼでは赤色に発光することが知られている。いずれの酵素についても同一の基質を用いて反応を触媒することから、発光色の違いは酵素の立体構造に起因することが考えられる。そこで、野生型、および、S286N変異型ルシフェラーゼの立体構造を生成物であるAMPとオキシルシフェリンとの複合体としてそれぞれ構造決定したが、両者の構造は、286番目のアミノ酸を除いてほとんど同一であった。そこで、反応中間体であるルシフェリルAMP中間体のアナログである5'-O-[N-(dehydroluciferyl)-sulfamoyl] adenosine (DLSA)を設計合成し、DLSA―酵素複合体のX線結晶構造解析を野生型、S286Nそれぞれのルシフェラーゼついて行った。その結果、野生型ルシフェラーゼではIle288がDLSAのベンゾチアゾール環の方に近づき、側鎖を使って非常に疎水的な環境を形成していた。一方S286NルシフェラーゼではIle288は近づいてはおらず、DLSAとの間に空間ができていた。このことは、野生型ルシフェラーゼではエネルギーの損失が起こらないように、励起状態のオキシルシフェリンを疎水的な環境でしっかりと取り囲む構造を形成しており、この「立体構造的な相補性」が発光色制御の仕組みであることが予想された。そこでIle288の側鎖をより小さなアミノ酸であるVal, Alaに変異させることにより、その仮説の検証を行ったところ、Val, Alaへの変異によって、それぞれ橙色、赤色と変化した。したがって、Ile288の動きにより励起状態のオキシルシフェリンがどの程度分子振動するかということが、発光色を決定している原因であることが明らかとなった。  これまで、立体構造を創薬に応用する手段として、Structure-based Drug Designが用いられ抗インフルエンザ薬や抗エイズ薬が開発されてきた。しかし、生物機能が立体構造の変化に依存していることを考慮すると、今後は、立体構造の変化から判明したメカニズムを基盤として薬をデザインする、Mechanism-based Drug Designへの発展が必要であろう。


発表論文
[1] Uzumaki, T., Fujita, M., Nakatsu, T., Hayashi, F., Shibata, H., Itoh, N., Kato, H., Ishiura, M., Nature Struct. Mol. Biol., 11(7), 623-631 (2004).
[2] Nakatsu, T., Ichiyama, S., Hiratake, J., Saldanha, A., Kobashi, N., Sakata, K., Kato, H. Nature, 440(7082), 372-376 (2006).