「新しい疾患モデル動物と薬理ゲノミクス」

1)三重大学大学院医学系研究科薬理ゲノミクス
2)三重大学SVBL メディカルケモゲノミクス
田中 利男

 薬理ゲノミクスは、医薬品作用機構の生体レベルでのゲノムワイドな解析を可能にし、 パラダイムシフトを出現させた。すなわち、分子薬理学のパスウエイ解析から薬理ゲ ノミクスのネットワーク解析へのシフトである。分子薬理学は、薬物と薬物受容体の 分子間相互作用とそのシグナル伝達機構としての薬理パスウエイ解明を試みてきた。 しかしながら、薬物療法の適応症である疾患との相互作用こそが医薬品応答性そのも のであり、真の薬理学的解明である。また、世界中がシステムバイオロジーを核にし た新しい生命科学の構築に集中している。しかしながらここで注目すべき点は、米国 では早くも2002年5月からNIH Roadmap for Medical Researchを検討しており、ポスト ゲノムシークエンス時代の研究プロジェクトとして 1)ネットワーク解析、2)構造生物 学、3)バイオインフォマティクス、4)ナノメディスンに加え、5)低分子化合物による ケモゲノミクスと分子イメージングプローブ開発に焦点をあてChemical Genomics Centerを創設し、ヒトゲノムプロジェクトの出口として創薬基盤構築を急激に展開し ている。さらに、最近のchemical biologyやchemical geneticsの隆盛は、研究戦略に おける遺伝子操作に加え低分子化合物による医学生物学を再興させただけではなく、 逆遺伝学(reverse genetics)と正遺伝学(forward genetics)の統合的研究へ展開して いる。
 そこで、我々はラット脳血管攣縮モデルにおける医薬品作用のDNAチップ解析から、そ の病態モデルにおける発現変動遺伝子の中に治療遺伝子(HO-1, HSP72等)が内在してい ることを明らかにした。
 現在、遺伝子多型、トランスクリプトーム(transcriptome)、プロテオー ム(proteome)、インターラクトーム(interactome)、メタボローム(metabolome)、セロー ム(cellome)、フィジオーム(physiome)などの機能ゲノミクス研究を基盤に、これらの 薬理ゲノミクスネットワークを活用した医薬品作用機構解析が試みられている。すな わちポストゲノムシークエンス時代は、おもにゲノムシークエンス情報から出発する 逆薬理ゲノミクス(reverse pharmacogenomics)による解析が試みられてきたが、この 研究戦略における問題点も、数多く明らかになりつつある。そこで、今後は機能ゲノ ミクス情報を基礎にした、新時代の正薬理ゲノミクス(forward pharmacogenomiscs)と 従来からの逆薬理ゲノミクスの統合的解析の重要性が指摘されている。そこで、これ らの統合的研究戦略を、現実的に実現する疾患モデル動物としてのゼブラフィッシュ に関する最近の研究成果を報告する。