「タンパク質の量子化学計算とドラッグデザインへの応用」

京都大学大学院薬学研究科
医薬創成情報科学講座
システムケモセラピー(創薬計算化学)分野
北浦 和夫

 ドラッグデザインのためのさまざまな計算化学的手法が開発され創薬研究に活用されているが、ほとんどの手法で分子力場(MM)が用いられている。しかし、MMは汎用性(金属蛋白質や酵素反応への適用などが困難)と信頼性(結合構造や結合親和力の予測精度)に限界があることは明らかであり、より汎用で高精度な方法が求められている。量子化学(QM)計算によると、分子の構造や性質を高い精度で予測できるが、膨大な計算時間がかかるため、生体高分子のような巨大分子に適用することは困難であった。最近、コンピュータの性能向上と理論の発展により、蛋白質の量子化学計算が現実のものとなってきた。なかでも、QMとMMの融合法(QM/MM;系の重要な部分にのみQMを適用し残りの大部分はMMで扱うハイブリッド法)は、計算時間を節約しつつ精度を上げることができるため、急速に普及している。
 私たちは蛋白質を丸ごと量子化学計算することを目指して、フラグメント分子軌道(FMO)法を開発してきた[1]。本方法は非常に高速であるとともに通常の量子化学計算の結果を高い精度で再現する。また、大規模並列計算を効率よく行うことができるのが特徴である(光合成反応中心複合体(約2万原子系)の計算時間が600CPUで3日であった)。さらに、FMO法は巨大分子を小さなフラグメントに分割して計算するため、分子内・分子間の相互作用をフラグメント単位で求めることができる。例えば、蛋白質とリガンドの複合体で蛋白質をアミノ酸単位に分割すると、個々のアミノ酸残基とリガンドの相互作用エネルギーが得られるため、リガンドの結合に重要な寄与をするアミノ酸残基が一目瞭然となる。このような量を知ることにより、蛋白質の分子認識機構の理解やそれに基づくドラッグデザインのための有用な知見が得られることが期待される。本講演では、FMO法による蛋白質とリガンドの結合エネルギー計算と相互作用解析について紹介する。

参考文献
[1] D. G. Fedorov, K. Kitaura, J. Phys. Chem. A, 111, 6904 (2007).