「多様性と持続性を指向した小分子リガンド合成研究」
(Development of Diverse and Sustainable Synthetic Methods for Biologically Active Compounds)

京都大学大学院薬学研究科
創薬科学専攻
薬品分子化学分野
竹本 佳司

 ゲノムとケミストリーの融合を目指した21世紀COEプログラム「ゲノム科学の知的情報基盤・研究拠点形成」の中で、ケミカル情報の系統的解析(ケモゲノミクス)研究の一環として、当分野では、新奇な化学構造を有する小分子リガンドの持続性と多様性を備えた化学合成法の確立とその合成化合物ライブラリーからのシード化合物探索を目指し、1)医薬品あるいは創薬研究に必要な小分子リガンドを、原子効率と経済性に優れかつ地球環境に優しく製造できる高活性で高機能な人工触媒分子をデノボ合成する研究と、2) 創薬テンプレートとして利用可能な、あるいはそれ自体が生物活性を有する新規なヘテロ環状化合物の探索とその効率的合成法の開発を中心に研究を実施した。以下に、この5年間の研究成果をまとめて紹介する。

1) 高活性で高機能な人工触媒分子の設計と合成
 有機合成化学は有機金属化学の進歩とともにこの数十年間で飛躍的に進歩したが、原子効率の高い持続循環型の製造法という観点からは多くの問題を残している。我々はこれまで急速に進歩を遂げて来た金属触媒ではなく、金属を用いない有機触媒の開発が解決策の1つとなると考え、従来別個に発展してきた有機合成と生体触媒を融合させた新しい環境調和型合成反応の開発を目指している。
 プロテアーゼは生理活性ペプチドやタンパクを常温、常圧下で位置選択的に加水分解することで生体機能を制御している生体酵素である。我々はその酵素反応メカニズムを詳細に解析し、活性部位に存在し機能する5つのアミノ酸を、チオウレアと3級アミノ基各1個に置き換えることが可能であると推定し、2つの官能基を同一分子内に有する様々な人工機能分子を設計、合成した。そのなかで、チオウレアとアミノ基が適切な3次元空間に配置された化合物のみが、ある種の化学反応を選択的に促進させる優れた触媒作用を有することを見出した。例えば、電子不足オレフィン(ニトロオレフィンやα,β-不飽和イミドなど)に対して少量のチオウレア触媒存在下で、求核剤として活性メチレン化合物を作用させると常温、常圧という非常に温和な条件下で共役付加反応が促進され、高収率かつ高立体選択的に目的とする生成物を不斉合成することができた。また、イミン体への種々の求核剤の1,2-付加反応も同様に高エナンチオ選択的に進行することを明らかにした。
 これら多機能性チオウレア触媒を利用した様々な不斉反応により、β-, γ-および δ-アミノ酸各種および1,2-ジアミン体など医薬品に含まれるいくつかの重要な部分構造を高い光学純度で不斉合成できる方法論を確立することに成功した。さらに、実際に得られた生成物を利用して、現在市販あるいは開発中の医薬品(抗痙攣薬や高うつ薬など [(R )-(-)-baclofen, (-)-epibatidine, (-)-CP-99,994])の効率的で経済的な製造法を確立した。

2) 新規なヘテロ環状化合物の探索とその効率的合成法の開発
 立体配座を固定化した環状構造を有する創薬テンプレートとして、あるいは酵素や受容体と強い相互作用が期待できるファーマコホアーとしてヘテロ官能基を多数有する複素環化合物の探索と合成法の開発研究を行った。今回は特に、シード化合物の探索を目指して3位にエキソオレフィンを有するオキシインドール類と強力な抗腫瘍活性が報告されているテトラヒドロイソキノリン誘導体を多種多様に合成可能な新しい骨格構築法の開発を検討した。
 その結果、0価のインジウム金属を用いたラジカル的閉環反応により(E )-, (Z )-および四置換オキシインドール体全ての立体選択的な合成法に初めて成功した。さらに、分子内にアルキンを有するシアノギ酸アミド体をパラジウム触媒存在下加熱することにより、これまで合成例のないエキソオレフィン上に電子吸引性のシアノ基を持つ四置換オキシインドール体の簡便合成にも成功した。また、本触媒反応はアルケン類縁体にも適用可能であり、3位に4級炭素を有するオキシインドール体の合成も行った。一方、イソキノリン誘導体合成に関しては、アリルスズあるいはケテンシリルアセタール等の求核剤存在下、アルキニルアルドイミンに対して特殊なルイス酸[AuOTf/PPh3,In(OTf)3] を作用させるとアルキンへのイミン窒素原子の環化反応とそれによって生じたイミニウム塩への外部求核剤の付加反応の連続反応が効率よく進行し、一挙に1,3-2置換1,2-ジヒドロイソキノリン誘導体が得られることを見出した。
 現在、上記の新反応で立体選択的に合成した種々の特異な構造を有するオキシインドールおよびイソキノリン誘導体の生物活性試験を行い、シード化合物を探索中である。

COEプログラムの成果として代表的業績
(1)J. Am. Chem. Soc.,129 (21), 6686-6687, 2007.
(2)J. Am. Chem. Soc.,128 (29), 9413-9419, 2006.
(3)Angew. Chem. Int. Ed.,45 (35), 5863-5866, 2006.
(4)Angew. Chem. Int. Ed.,45 (23), 3822-3825, 2006.
(5)Angew. Chem. Int. Ed.,44 (26), 4032-4035, 2005.
(6)J. Am. Chem. Soc.,127 (1), 119-125, 2005.
(7)Angew. Chem. Int. Ed.,42 (18), 2054-2056, 2003.
(8)J. Am. Chem. Soc.,125 (42), 12672-12673, 2003.