「生理活性小分子化合物の標的タンパク質同定」
(Isolating and identifying protein targets of bioactive small molecules)

京都大学化学研究所
生体機能化学研究系
上杉 志成

 生命現象を解明するために、生理活性小分子化合物はさまざまな形で利用されてきた。その中で最も直接的な利用法は、化合物の標的タンパク質を精製・同定することだろう。しかし、標的タンパク質の生化学的精製は困難を極める作業であり、その成功率は低い。今回の講演では、成功率を向上させる「釣竿法」を紹介する。その成功例として抗炎症剤インドメタシンの第2の標的タンパク質精製、海洋天然物オーリライドの標的タンパク質精製とその作用メカニズム追究について報告する。

ビオチン化法
 化合物の標的タンパク質を生化学的に精製する方法は主に二つある。一つは化合物を樹脂に共有結合させてアフィニティー樹脂をつくる共有結合法であり、もう一つは化合物をビオチン化してアビジン樹脂を用いるビオチン化法である。ビオチン化法では、ビオチン化した化合物を細胞抽出液と混ぜ合わせて、液相中で化合物・標的タンパク質複合体を形成させる。その複合体をアビジンアガロース担体に結合させることで、標的タンパク質を細胞抽出液から釣り上げてくる。私たちはこのような精製を繰り返し行う中で、化合物とビオチンをつなぐリンカーの形状や物性が重要ではないかと考えた。

釣竿法
 化合物の標的タンパク質精製は「釣り」に似ている。釣りから学び、釣竿状の分子をリンカーとして用いた。釣竿は餌を遠くへ飛ばし、釣り糸が絡むのを防ぐ。釣竿のような物質をリンカーとして用いれば、化合物をアビジン担体から十分に遠ざけて大きなタンパク質やタンパク質複合体の精製が可能になり、リンカー部分が絡んで非特異的相互作用を起こすことが少なくなるだろう。
 原理の証明のため、私たちが「釣竿」として取り上げたのはポリプロリンである。プロリンが連続すると、左巻きのへリックスが真直ぐに伸びた釣竿状の物質となる。実際に、グルタチオンに9個のプロリンからなる27 Åの釣竿をつけると、標的タンパク質であるGSTタンパク質の回収率が格段に良くなることがわかった。
インドメタシンの第二の標的タンパク質
 同様の方法を抗炎症剤インドメタシンに適用した。インドメタシンはシクロオキシナーゼ(COX)タンパク質を阻害し、プロスタグランジン生合成を妨げることで炎症を抑える。しかしながら、COXタンパク質は微量タンパク質であり、抗炎症剤で生化学的に精製され同定されたことはなかった。
 釣竿法を試したところ、COX-1は精製・同定され、この場合、釣竿法は有効性であった。さらに、この精製の際に、COX1以外にインドメタシンに結合するタンパク質を見出した。そのタンパク質バンドを切り出して質量分析法により同定したところ、GLO1という酵素であった。分子生物学・細胞生物学的実験(siRNA knockdown や overexpressionなど)の結果、GLO1はインドメタシンの副作用の原因であることが示唆された。

海洋天然物オーリライドの標的タンパク質
 釣竿法の問題は、この方法を一般化できるかどうかである。そのためには、地道に多くの生理活性合成化合物、天然物を一つ一つ試すしかない。そこで、海洋天然物オーリライドの標的タンパク質決定を試みた。この環状デプシペプチドは強い細胞毒性(IC50=2.9 nM)を持つ。合成研究が盛んに行われたが、その標的タンパク質と作用メカニズムは不明であり、長年の謎であった。
 6位をエピマーとするとオーリライドは著しく活性を失う。オーリライドとエピマーのそれぞれを釣竿状分子にカップリングし、細胞培養液から標的タンパク質の精製をおこなった。すると、エピマーに結合せず、オーリライドの結合するタンパク質バンドがSDS-PAGE上にみられた。このタンパク質を質量分析で解析すると、ミトコンドリアの機能に重要な役割を果たすタンパク質であった。
 分子生物学、細胞生物学的実験によると、このミトコンドリアタンパク質はオーリライドの真の標的タンパク質であると考えられる。今回の講演では、標的の検証実験も報告する。

COEプログラムの成果として代表的業績
J. Am. Chem. Soc., 129: 873-880, 2007.